最近、「会社 辞めたい」と検索する回数が増えました。
自分でも少し驚いています。
以前の私は、多少忙しくても「そんなものだ」と受け流していました。
本当に辞めたいのだろうか。
それとも、ただ今の働き方から解放されたいだけなのだろうか。
それでも、私は衝動で動かないと決めています。
そう考えたときに、
私は「辞める方法」ではなく、
「辞められる状態」を考え始めました。
なぜ「辞めたい」ではなく「辞められる」なのか
我が家の子どもは2人。
大学卒業までと考えれば、学費が安いとされる国公立を中心に進学していったとしても1人あたり約1000万円はかかります。
もし私立に通うことになった場合は、更に多くの費用がかかる。
2人分ともなれば、教育費は決して軽い数字ではない。だからこそ、自分の「勢い」では動けない。
それは、
「自分の判断で、子どもに不自由をさせたくない」
この思いが強いからです。
更には特にスキルも無い、若くもない。転職市場で年収アップできるような人材でもない。つまり転職=年収ダウンはほぼ確実。
だからこのままが良いのかと考えることもあります。
一方で、仕事に追われて心に余裕を失っていく父親でいることも、
本当に正しいのかと考えるようになりました。
夜、疲れて帰宅すると、
幼い子供二人はもう寝ている。
翌朝は二人が起きる前に、出発しなければならない。
そのたびに、小さな後悔が積み重なっていく。
将来、子どもにこう聞かれたらどう答えるだろう。
「お父さん、あの時どうしたの?」
私はこう答えたい。
自分で考えて、妻と話し合って、
家族にとっての最適解を選択した。
もちろん、準備をしたうえでね。
カッコつけてるように聞こえますが、現在進行系の本音です。
だから私は、
辞めるかどうかではなく、
**「辞められる状態とは何か」**を分解して考えることにしました。
条件①:時間を買える現金
現在、私は生活費の約1年分にあたる現金を確保しています。
特別な裏技があったわけではありません。
・固定費を見直す
・ボーナスをできるだけ使わない。(買っても1つまで)
・見栄の消費を減らす
地味な積み重ねです。
この資金があることで得られたのは、
「お金」そのものよりも時間の余白でした。
「今すぐ辞めても、明日生活が破綻するわけではない」
この感覚があるだけで、
上司の一言に対する受け止め方が変わる。
生活防衛資金が溜まる前は、
「もし会社を辞めたら、終わりだ」
こんな思考が、更に自分に圧力をかけていました。
でも今は違います。
「辞めても、最悪1年は考えられるし、耐えられる」
この違いは想像以上に大きいです。
生活防衛資金はいくら必要か。
正解はありません。
私にとっては、
“焦らずに考えられる時間を買える額”がひとつの目安でした。
条件②:資産が少し働いていること
投資資産は数年前から始めたおかげで、少しずつ積み上がっています。
インデックス投資の積立てが中心で、
長期で年数%のリターンを想定しています。
年間で見れば、数十万円規模のリターンが期待できる状態です。
けれども、まだ全然FIREではありません。
正直に言えば、あと500万円増えても景色は大きく変わらないと思います。
でも、資産が3,000万円を超えたら。
運用益と軽い労働で生活が回る現実味が出てくる。
いわゆる「バリスタFIRE」と呼ばれる状態も、
視野に入ってくるかもしれない。
バリスタFIRE:資産収入+少しのアルバイトなどで生活費を稼ぐスタイル
私は完全リタイアを目指しているわけではありません。
目指しているのは、
会社に依存しなくても生きていけるという感覚です。
この感覚があるだけで、
選択肢は大きく広がります。
条件③:心が壊れていないこと
どれだけ数字を積み上げても、
自分がすり減ってしまっては意味がありません。
今、私は働き方を見直さざるを得ない状況にあります。
心と体が、「少し立ち止まれ」と言っている気がします。
子どもを大学まで出す責任。
壊れない父親でいる責任。
どちらも大切です。
だから私は、
極端な決断ではなく、段階的な設計を選びたい。
これから私がやること、
・家計をもう一度見直してみる
・副収入を少しずつ作る
・転職市場を覗いてみる
・妻と月に一度は、家族会議をする
いきなり人生は変えられません。
でも小さな選択肢を増やしていく。
現在は再設計している途中だと思っています。
結論:私はまだ辞めない。でも依存もしない
私はまだ会社員です。
いわゆる平社員です。
でも、しがみついているのではなく、
準備をしながら“選択している”状態に近づきたい。
会社を辞めることが目的ではありません。
準備をして、話し合って、
家族にとっての最適解を選ぶこと。
そのために、
・時間を買う
・資産を育てる
・心を守る
この3つを着実に整えていく。
それが、今の私の「辞められる設計」です。
未来の自分が振り返ったとき、
「あの時、ちゃんと考えていた」と言えるように。
そして子どもに胸を張って、
「最適解を選んだ」と言えるように。
今日もまた、ブログを書きながら、そんなことを考えていました。

コメント