- わが家の「育児フリーデイ」とはどんな仕組みだったか
- この仕組みを始めたきっかけと、夫側に必要だった準備
- 実際にどう過ごしていたか、やってみて何に気づいたか
子どもが0歳〜1歳の頃、わが家には「育児フリーデイ」という仕組みがありました。
月に1〜2回ほど、夫婦のどちらかが一切の育児・家事をしない日を作る。
その日は完全にオフ。好きなことだけをして過ごす。
もう一方は、一人で子どものことを担当する。
大変そうに聞こえるかもしれません。
実際、楽ではありませんでした。
それでもわが家では、この仕組みがあったからこそ、育児のいちばんきつい時期を乗り越えやすくなったと思っています。
わが家にとって育児フリーデイは、どちらかを甘やかすための仕組みではありませんでした。
夫婦のどちらか一方が追い詰められないようにするための、家族を守る仕組みだったと思っています。
これから子どもを持つ家庭のパパ、ママへ一つの参考として読んでいただけたら嬉しいです。
育児フリーデイとは
わが家でそう呼んでいた仕組みは、とてもシンプルです。
夫婦それぞれが、月に1〜2回ほど「育児も家事もゼロの日」を取る。
その日は朝から夜まで、完全に自由。何をしてもいい。
もう片方が、子どもの世話を一人で引き受ける。
毎月きっちり同じ回数ではありませんでしたが、
多くてもそれぞれ月に1〜2回程度でした。
正直、一人で回す日の負荷はそれなりに大きいです。
だからこそ、毎週のようにやるものではなく、無理のない回数で続けることを大事にしていました。
それでも、あらかじめ「休める日」があるだけで、気持ちはかなり違います。
終わりの見えない育児の中に、少しだけ呼吸できる場所を作る。
わが家にとっては、そんな意味のある仕組みでした。
この仕組みを始めたきっかけ
子どもが生まれた直後は、妻が母乳中心でつきっきりでした。
授乳のたびに起きて、合間に家事をして、また授乳。
文字通り、24時間が子どものための時間だったと思います。
その頃、育児ノイローゼについての記事を読みました。
お母さんが育児で追い詰められてしまう。
外に出られない。ひとりの時間がない。話し相手もいない。
そうやって、少しずつ苦しくなっていく。
妻にそうなってほしくない。
強くそう思いました。
ちょうどその頃、子どもがミルクも飲めるようになってきて、
ようやく「母親しか無理」という状態から少しずつ離れられそうになってきました。
そこで私から、
「たまには1日休んで、好きなことをしてきたら?」
と提案しました。
妻は最初、少し迷っていました。
でも、「じゃあ、あなたも1日取ってね」と返してくれた。
その一言で、この仕組みは「妻を休ませるためのもの」ではなく、
夫婦がお互いに休める仕組みになりました。
始めるために必要だった準備
この仕組みを始めるには、前提条件がありました。
それは、夫が一人でも育児を回せる状態になっていることです。
これがなければ、妻は安心して家を出られません。
わが家では、自治体のパパ教室に参加して、
おむつの替え方、ミルクの作り方、沐浴の方法を早めに学んでいました。
また、普段から妻と一緒に育児をする中で、一人でも回せるように少しずつ慣れていきました。
正直、最初は不安でした。
ただ、やってみると特別な才能が必要なわけではなく、少しずつ慣れていけることも分かりました。
おむつ替え、ミルクの準備、寝かしつけ。
最初から完璧にはできません。
でも、繰り返すうちに少しずつできるようになります。
そして、もう一つ大きかったのは、自分の意識が変わったことでした。
当時の自分の中には、どこかに「父親は育児を手伝うもの」という感覚が残っていました。
おそらく、自分の親世代の価値観の影響もあったのだと思います。
でもあるとき、ドラマ『コウノドリ』の中で、
育児は「手伝う」ものではなく、自分の子どものこととして担うものだ、
と突きつけられるような場面を見て、はっとしました。
その瞬間に、かなり目が覚めた感覚がありました。
自分の子どもなのだから、手伝うのではなく、一緒にやる。
この考え方に切り替わったことも、育児フリーデイを支える大きな土台だったと思います。
「一人でできる」が、育児フリーデイの前提条件
夫が「手伝う」のではなく、「自分の子どものことを一人でも担える」状態になって、初めてこの仕組みは成り立ちます。
そのために、わが家ではパパ教室への参加と、普段から一緒に育児をすることを大切にしていました。
子育ては、母親だけの仕事ではなく、夫婦で一緒にやるもの。
それがこの仕組みの大前提でした。
妻のフリーデイ|東北へ桜を見に
妻の育児フリーデイで、いちばん印象に残っているのは、東北へ桜を見に行った日です。
朝から出かけて、一人で新幹線に乗って、桜の名所を巡ってきたそうです。
帰ってきたときの妻の表情は、今でも覚えています。
疲れてはいたけれど、とても晴れやかでした。
つきっきりの毎日の中で、たった1日でも完全に自分だけの時間を持てること。
その意味は、やってみないと分からない大きさがあるのだと思います。
私のフリーデイ|日本平スタジアムへ
私のフリーデイで印象に残っているのは、静岡の日本平スタジアムへJリーグを見に行った日です。
新幹線に乗って、日帰りで行きました。
少し贅沢な1日でしたが、たまにはこういう日があっていいと思えました。
スタジアムに着いて、座席からピッチの向こうを見たとき、富士山が見えました。
ずっと行ってみたいと思っていた場所だったので、かなり嬉しかったです。
他の日には、整体に行ってのんびりマッサージを受けたり、街に出て買い物をしたりすることもありました。
普段はなかなか取れない、自分だけの時間。
それを思いきって使える日があることは、想像以上にありがたかったです。
もちろん、毎回遠出をする必要はないと思います。
半日だけカフェに行く、散歩する、整体に行く。
そのくらいでも十分意味があるはずです。

一人で子どもと過ごす日のリアル
もちろん、フリーデイの裏側には「一人で子どもを見る日」があります。
子どもが0歳〜1歳の頃は、まだ生活リズムも不安定でした。
少し寝ては起き、また寝ては起きる。
思うように進まないことも多いです。
その日は、子どもに一日を捧げるつもりで過ごしていました。
子どもが少し寝ている間に、自分は読書をしたり、スマホを見たりする。
ずっと休めるわけではありません。
正直、負荷はあります。
ただ、「今日は自分が全部やる」と決めている日は、不思議と覚悟ができます。
そして1日が終わったとき、
「一人でもやれた」という小さな自信が残ります。
その自信は、次の日からの育児にも少しずつ効いてきました。
離れてみて気づいたこと
育児フリーデイをやってみて、いくつか気づいたことがありました。
1日離れると、客観的に見られる
毎日子どもと一緒にいると、どうしても目の前のことに追われます。
全体が見えなくなることもあります。
でも、1日離れて帰ってくると、家のこと、子どものこと、自分たちの生活を、少し引いた目で見られるようになる。
「ここはもう少しこうしたほうがよさそうだな」
「最近ちゃんと話せていなかったかもしれない」
そんな気づきが、少し離れることで生まれました。
久しぶりに見る子どもに、温かい気持ちになる
たった1日の外出です。
朝、家を出て、夜に帰ってくる。それだけです。
でも帰宅して子どもの顔を見ると、じわっと温かい気持ちになります。
毎日一緒にいると、つい当たり前になってしまう。
けれど少しだけ離れると、「この子がいてくれるだけでありがたい」と思い直せる。
これは、育児フリーデイの大きな副産物でした。
つきっきりは、いくら可愛くてもストレスが溜まる
これは正直に書いておきたいです。
子どもは可愛い。
本当に可愛い。
それでも、24時間365日、休みなく向き合い続ければ、どんな人でもストレスは溜まります。
それは弱さではなく、人として自然なことだと思います。
だからこそ、意識的にリセットの時間を作る意味があるのだと思いました。
その後、仕組みはどう変わったか
育児フリーデイという形を取っていたのは、子どもが0歳〜1歳の頃が中心でした。
子どもが成長して、寝る時間が安定し、生活に少しずつリズムが生まれてくると、当時ほど切迫した形ではなくなっていきました。
今は「フリーデイ」という名前では呼んでいません。
でも、考え方としては形を変えて続いています。
たとえば、仕事が立て込む時期は土日を片方ずつ分担する。
朝ごはんや午前中の遊びをどちらかが担当して、もう片方はゆっくり寝る。
そうやって、お互いに休める時間を意識的に確保する習慣は、今も残っています。
完全な「フリーデイ」ではなくなっても、
育児は二人でやるもの。
そして、一人の時間はどちらにも必要。
この考え方は変わっていません。
すべての家庭に合うとは限らないけれど
育児フリーデイという仕組みが、すべての家庭に合うとは思っていません。
母乳中心の時期は物理的に難しいこともありますし、
仕事の状況や、夫婦の関係性、近くに頼れる人がいるかどうかも家庭ごとに違います。
だから、「これが正解です」と言うつもりはありません。
ただ、もし今、
「毎日の育児がしんどい」
「リフレッシュする時間がまったくない」
と感じているなら、こんなやり方もあるのだと知ってもらえたらと思います。
わが家で大事だったのは、次の3つでした。
1. 夫が「手伝う」のではなく、一人で回せる状態を作ること
パパ教室に参加する。
普段から育児を一緒にやる。
準備なしにこの仕組みは成り立ちません。
2. 片方だけでなく、お互いに休めるようにすること
どちらかだけが休む形だと、仕組みとして続きにくいと思います。
「あなたも取ってね」と返し合えることが、わが家では大きかったです。
3. 完璧を目指しすぎないこと
一人で子どもを見る日は、正直きついです。
でも、完璧にやろうとしないことも大切でした。
無事に1日終われば、それで十分。
その積み重ねが、普段の育児への自信にもつながっていきました。
わが家にとって、育児フリーデイは「休む」ための仕組みであると同時に、
家族を守るための仕組みでした。
1日離れて、また家族に温かい気持ちで戻ってくる。
その繰り返しが、わが家の育児を支えてくれていたのだと思います。

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