30記事書いて見えてきたこと|PVが少なくても続ける意味はあるのか

ブログ作成のイメージ

このブログ「心の利回り研究所」を始めて、この記事で30本目になりました。

正直に言えば、大したことは起きていません。

PVは少ない。SNSのフォロワーもほとんどいない。収益もゼロ。
数字だけを見れば、「何のためにやっているのか」と思われても仕方がない状態です。

それでも、30記事書いてみて、ひとつはっきりしたことがあります。

それは、書くことには、結果が出る前から意味があるということです。

今日は、30記事書いてみて見えてきたことを、正直に書いてみます。

目次

最初の記事を書いた日のこと

最初の記事を投稿したのは、2026年2月でした。

何を書けばいいのか分からず、何度も書き直して、1本仕上げるのに3時間ほどかかった記憶があります。

「これで大丈夫だろうか」
「誰かに読まれたら恥ずかしい」
「でも、誰にも読まれないかもしれない」

そんな気持ちが、同時にありました。

それでも公開ボタンを押したのは、自分の中にずっとあった迷いを、どこかに残しておきたかったからだと思います。

あのときは、何かを伝えたいというより、まず自分の中にある違和感を見失いたくなかったのだと思います。

迷いを言葉にすることは、思った以上に難しかった

ブログを書いていて一番感じたのは、自分の迷いを言葉にすることの難しさです。

頭の中には確かに感覚がある。
「なんか違う」
「このままでいいのか」
「もっと家族との時間がほしい」

でも、それを文章にしようとすると、急にうまくいかなくなります。

言いすぎると嘘っぽくなる。
控えめに書くと伝わらない。
自分の本音のつもりでも、読み返すとどこか借り物の言葉に見える。

30記事書いた今でも、この難しさはなくなっていません。
ただ、以前よりは少しだけ、自分の中にある違和感の輪郭をつかめるようになった気がしています。

書くたびに、ぼんやりしていたものが少しずつ形になっていく。
それが、この30記事で得た一番大きな感覚かもしれません。

一番怖かった記事

30記事の中で、公開するのが一番怖かった記事があります。

「会社を辞めたいと思うのは甘えなのか」という記事です。

「辞めたい」と書くこと自体が、どこか許されないことのように感じていました。
批判されるかもしれない。
弱い人間だと思われるかもしれない。

それでも公開したのは、同じような気持ちを抱えている人が、きっと自分以外にもいると思ったからです。

結果として、炎上はしませんでした。
というより、ほとんど読まれていません。

でも、自分の中では意味がありました。
あの記事を書いて公開できたことで、「正直に書いてもいいのかもしれない」と少し思えるようになったからです。

書くことで、自分の見え方が変わった

30記事書いてみて、数字以上に変わったものがあります。

それは、自分の中で「働くこと」や「暮らし方」の見え方が少し変わったことです。

以前は、会社に行って、仕事をして、給料をもらう。
それが当たり前で、それ以上深く考えることはあまりありませんでした。

でも、書く中で、これまで「仕方ない」で流していたことに、少しずつ言葉が追いつくようになってきました。

朝、子どもが起きる前に家を出ること。
夜、子どもが寝たあとに帰ること。
忙しいからという理由で、家庭への説明を後回しにしてしまうこと。

以前から違和感はあったはずなのに、書くまでは、うまく見つめられていなかった気がします。

言葉にして初めて、自分が何に引っかかっていたのかが見えてくる。
これは、ブログを始める前には分からなかったことでした。

誰かのために書いた文章が、自分にも返ってくる

ブログを書いていて不思議だったのは、誰かのために書いたはずの記事が、結果的に自分自身にも返ってくることでした。

子どもとの関わり方について書けば、自分の行動を振り返るきっかけになる。
家庭を守れなかった時期について書けば、何がまずかったのかが整理される。
書く時間や道具について書けば、自分がなぜその時間を大切にしているのかに気づける。

読者に向けて書いているつもりでも、実際には自分自身もその文章に助けられていました。

たぶん私は、書くことでしか見えてこないことを、少しずつ集めているのだと思います。

読まれなくても、意味がゼロになるわけではなかった

このブログは、まだほとんど読まれていません。

検索流入もほぼない。
SNSのフォロワーも少ない。
PVの大半は自分のアクセスなのではないかと思うこともあります。

それでも、続ける意味がなくなったとは感じていません。

ごくわずかでも、見てくれる人がいる。
Xでやり取りした方がブログを読みに来てくれた。
「見ましたよ」と言ってもらえた。

その小さな反応が、思っていた以上に支えになりました。

大きな結果はまだ出ていません。
でも、ゼロではない。
そして、数字では見えない小さな手応えは確かにありました。

AIと一緒に書くことについて

このブログは、AIとの対話の中で記事を作ることがあります。

最初は少し抵抗がありました。
自分の言葉で書くべきなのに、AIに手伝ってもらうのはずるいのではないか。そんな気持ちがありました。

でも、実際に続けてみると、感覚は少し違いました。

AIがそのまま文章を書いてくれる、というより、対話の中で自分の考えが整理されていく。
「こういうことですか」と返されて、「いや、違う。こっちだ」と気づく。
その繰り返しの中で、曖昧だったものが少しずつ言葉になっていく。

私にとってAIは、答えを代わりに出す存在というより、考えを掘り下げるための壁打ち相手に近いです。

最終的に記事に残るのは、自分の体験と、自分が納得した言葉だけです。
そう思えるようになってからは、以前ほど迷わなくなりました。

副業の芽は、まだ出ていない

ブログを始めた理由のひとつに、「いつか副業になればいいな」という気持ちはありました。

でも、30記事書いた今の時点で、収益はゼロです。
アドセンスも通っていないし、アフィリエイトもこれから。
数字だけ見れば、成果は出ていないと言ってよいと思います。

それでも、思ったほど焦ってはいません。

たぶんそれは、ブログを書くこと自体に、お金とは別の価値を感じているからです。

自分の考えを整理できること。
会社の外に、自分の名前で積み上がるものができること。
同じような悩みを持つ人と、ほんの少しでもつながれること。

もちろん、収益が出たら嬉しいです。
できれば副業として育ってほしいとも思っています。

でも、それだけが目的だったら、ここまで続かなかったとも思います。

「心の利回り」という言葉について

このブログのタイトルにもしている「心の利回り」という言葉。

30記事書いた今も、この言葉の意味は変わっていません。

自分が使った時間やお金に対して、どれだけの満足感が返ってくるのか。
同じ時間、同じお金を使うなら、自分にとって納得感のあるほうを選びたい。

そういう感覚です。

ただ、書き続ける中で、この言葉は以前より少し具体的になってきました。

残業して得たお金。
子どもと過ごした週末の午後。
高い外食。
図書館で借りた絵本を読む時間。
キャリアのための勉強。
万年筆でノートに向かう夜。

どれに価値を感じるかは、人によって違います。
でも、自分にとっての「利回り」がどこにあるのかを知っておくことは、人生を整えるうえで大切なのだと思います。

そしてそれは、頭の中だけで考えるより、書いてみることで少しずつ見えてくるものでした。

これからのこと

30記事書いたからといって、何かを達成したわけではありません。

まだ私の存在を知られていないし、まだ読まれていない。
現実は、たぶんその通りです。

でも、30記事前の自分と比べれば、変わったこともあります。

自分の迷いを、前より少し言葉にできるようになったこと。
正直に書く怖さを、一度は超えられたこと。
書くことで、自分の考えや違和感が整理されていく感覚を知れたこと。

このブログは、派手な成功談ではありません。
普通の会社員が、自分の中にある小さな違和感を言葉にしながら、働き方や暮らし方を少しずつ見直していく記録です。

読んでくれる人がいるなら、ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
まだ届いていないのだとしたら、いつか必要な誰かに届けばいいと思っています。

これからも、静かに書いていきます。

Ponchan
会社員・心の利回り研究所 所員
30代会社員、2児の父です。

家族との時間を大切にしながら、
会社に依存しすぎない人生を作れないか。
そんなことを考えながらブログを書いています。

テーマは
・家族
・働き方
・資産形成
・人生の満足度
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この記事を書いた人

30代会社員 / 2児の父

投資をきっかけに
「心の利回り」という考えにたどり着く。

家族を守りながら会社依存を減らす人生設計を模索中。
趣味はガジェットいじり、文房具収集

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