このブログではこれまで、
生活防衛資金のことや、資産形成のこと、
子どもと過ごす時間のことなどを書いてきました。
そのたびに、
自分の中で何度も立ち返っている考えがあります。
それが
「心の利回り」
という言葉です。
今日は、私がなぜこの言葉を意識するようになったのか、
あらためて整理してみたいと思います。
頑張れば満たされると思っていた
社会人になった頃、
私はわりと素直に
「仕事を頑張れば、人生も良くなる」
と思っていました。
成果を出せば評価される。
給料が上がれば生活は安定する。
安定すれば、自然と気持ちも満たされる。
そんなふうに考えていました。
もちろん、今でもお金は大切だと思っています。
生活費も必要ですし、家族がいればなおさらです。
教育費や老後の備えを考えると、
きれいごとだけでは済みません。
ただ、働き続ける中で少しずつ感じるようになりました。
お金の安心と、心の満足は、似ているようで少し違う。
仕事が忙しくなれば、収入は増えるかもしれない。
けれどその分、時間や体力や気持ちの余裕は削られていく。
そのことに、だんだん違和感を覚えるようになりました。
働くことと、暮らすことの距離
その違和感がはっきりしたのは、
新しい職場に異動してからでした。
環境が変わり、仕事量が増え、
毎日が目の前のことをこなすだけで終わっていく。
気づけば、
朝は子どもが起きる前に家を出て、
夜は子どもが眠ったあとに帰る。
そんな日が続くようになっていました。
忙しい時期は誰にでもあると思います。
そういう働き方を否定したいわけではありません。
でも、当時の私は、
生活を回しているというより
仕事に生活を引っ張られているような感覚がありました。
家族のために働いているつもりなのに、
その家族と過ごす時間がほとんど残っていない。
そのことが、静かに心に引っかかっていました。
小さな違和感は、意外と無視できない
大きな出来事があったわけではありません。
ただ、日々の中で小さな違和感が少しずつ積もっていきました。
今日は子どもとまともに話せただろうか。
妻の話をちゃんと聞けただろうか。
自分は今、何のためにここまで働いているのだろうか。
こういう問いは、
疲れているときほど心の中に残ります。
もちろん、
だからといってすぐに仕事を辞めたいと思ったわけではありません。
ただ、
このまま同じ調子で走り続けていいのだろうか
とは考えるようになりました。
将来への不安が少しやわらいだとき
その頃には、
資産形成も少しずつ積み上がってきていました。
大きな余裕があるというほどではありません。
でも、以前よりは
「何かあっても、すぐに生活が崩れるわけではない」
と思える感覚がありました。
この感覚は、私にとって思っていた以上に大きなものでした。
お金があるから幸せ、という単純な話ではありません。
けれど、将来への不安が少しやわらぐと、
物事を落ち着いて考えられるようになります。
目の前の不満や焦りだけで判断するのではなく、
もう少し長い目で
「自分はどう生きたいのか」
「家族にとって何が大切なのか」
を考えられるようになる。
その意味で、資産形成は
単なる数字の積み上げではなく、
自分の気持ちを落ち着かせる土台にもなっていたのだと思います。
救われた先輩の言葉
そんな時期に、
職場の先輩から言われた言葉があります。
「壊れるほど頑張っても、会社は責任を取ってくれない」
「一人くらいいなくても、会社は回っていく」
「でも家族にとっては、あなたの代わりはいない」
厳しい言い方ではありましたが、
不思議とすっと入ってきました。
会社にとっての自分と、
家族にとっての自分。
どちらが大切か、という単純な話ではありません。
ただ、自分の存在の重さは同じではないのだと、
そのとき改めて感じました。
私は会社の歯車であっても、
家に帰れば父親であり、夫でもあります。
そしてその役割は、
お金では簡単に置き換えられないものです。
お金では測れない満足がある
投資をしていると、
どうしても数字で物事を考える癖がつきます。
何%増えたか。
どれだけ積み上がったか。
どのくらいの期間で目標に届くか。
それ自体は悪いことではありません。
むしろ、資産形成には必要な視点です。
でも、人生には
数字では測りきれないものがあります。
子どもと少し長く話せた日。
寝る前に絵本を読んで、感想を言い合えた夜。
休日の予定を一緒に考える時間。
お迎えに行ったときの、あの笑顔。
そういう時間は、
資産額のように目に見える形では残りません。
けれど、
人生の満足度という意味では、
確かに自分の中に残っていきます。
私にとっての「心の利回り」
投資の世界には「利回り」という言葉があります。
投じたお金に対して、
どれだけの見返りがあるかを見る考え方です。
私はこの発想を、
人生にも少し当てはめて考えるようになりました。
人生の時間を使って、
自分は何を受け取れているだろうか。
忙しさの先に、
本当に欲しいものはあるだろうか。
資産があることで、
不安がやわらぎ、選択肢が増え、
心に少し余白が生まれる。
その余白があることで、
家族との時間や、自分の生き方を
もう一度見直すことができる。
そんなふうに、
お金そのものではなく、お金がもたらす余裕まで含めて考えたときの満足度
を、私は「心の利回り」と考えるようになりました。
何を増やしたいのか
資産形成を続けていると、
つい「もっと増やしたい」と思うことがあります。
それは自然なことだと思います。
私もそうです。
でも最近は、
何を増やしたいのかを少し意識するようになりました。
残高を増やしたいのか。
安心を増やしたいのか。
家族との時間を増やしたいのか。
自分で選べる余地を増やしたいのか。
この問いを自分に向けると、
お金の意味が少し変わって見えてきます。
私にとって資産形成は、
単に数字を大きくするためだけのものではありません。
家族を守りながら、
働き方や生き方を少しずつ調整していくための
土台づくりでもあります。
結論
私はこれからも、
お金の増え方だけではなく、
そのお金がどんな暮らしや気持ちにつながるのかを
大切にしていきたいと思っています。
働くことも大切。
家族と過ごすことも大切。
将来に備えることも大切。
その全部を、
どこか一つに偏りすぎないように整えていくこと。
それが、今の私にとっての人生設計です。
そしてその考え方の中心にあるのが、
心の利回り
という言葉です。
目に見えるお金の利回りだけではなく、
日々の満足度や、心の余白や、
家族と穏やかに過ごせる時間まで含めて、
人生全体のリターンを考えていく。
私はこれからも、
そんな感覚を大切にしながら
自分なりの働き方と暮らし方を探していきたいと思っています。

コメント